田母神前航空幕僚長が政府見解と異なる歴史認識に
基づく発言をしたことが問題になっていますね。
朝日はもちろん、読売、毎日はこぞって文民統制の観点から
「言論の自由のはき違え」論。
産経のみ
「政府は田母神氏を更迭する際にも本人に弁明の機会を与えなかった。
政府見解や村山談話を議論することなく、
異なる意見を封じようというのは立法府のとるべき対応ではない。」
という本質的議論の必要性を説いています。
また歴史認識についてのネットでの賛否アンケートは
田母神氏支持が多数を占めているところを見ますとマスコミ各社とは違い
自虐的な歴史観にうんざりしてきている国民の空気が読み取れます。
第二次世界大戦後、イギリスも今の日本と同じように
「大英帝国の歴史は、すべて植民地の人々の犠牲の上に成り立っている」
「アジア・アフリカの人々におわびを尽くすべき」
というような教育を行っていたようです。
しかし1988年、子ども達の学力低下、少年犯罪多発を問題視したサッチャー政権が、
イギリス国民としての誇りの回復を訴えた教育改革を行い
植民地支配による恩恵や、当時は全世界的に分割統治の時代
であったことなど、歴史の光も積極的に取り上げ
「誇りあるイギリス」を歴史教育に取り戻した結果、
少年犯罪が半減するという成果をあげたそうです。
どんなことにも、光と影はあるものです。
対外的な気配りももちろん大切ですが、
この国の歴史観が、この国の子ども達に与える影響も
考えなければいけない時期に来ているのかもしれません。
後藤さん
はじめまして、フジムラといいます。
SignaLでブログを書いておりますが、
同時にSignaLでもっとも「何をやっているのかわからない」
と思われている人間だと思います。
今日の後藤さんの日記
同感する点、多しです。
例えば、もっとも日本国民が国際的であったのは、
現代ではなくむしろ戦前だとも言われていますね。
僕は子育てにしても、あたらしいことをやるのではなく、
昔に戻すだけでいいと思っています。基本的には。
ゆとり教育とかいろいろ、何かするときには
免罪符のごとく言葉をつくりますよね。
それは裏返せばいまの世の中がいかに「自信」を失ったかの現れではないかとも思います。
自虐話からされれば、自信をもてと言われても難しいですよね。
大人が自信(ビジョンと言ってもいいか)を失えば、
その背中を見ている子どもたちは・・・。
悪いのは子どもだけではなく大人もかもしれないと、
いろいろ起こる事件など見ていると、思う今日この頃です。
フジムラさん、コメントありがとうございます。
「あなたの親(あるいは祖父・祖母)は、ほんとうにひどい人間だった」
とすり込まれた子どものアイデンティティがゆらいでしまうのと
同じですよね。
フジムラさんのご活動内容、とても興味があります。
大変お忙しそうですが、一度お会いしたいなと思いました。
後藤さん
僕たちがやっていることにご興味もっていただいて
ありがとうございます。うれしいです。
ぜひお会いしましょう。
誇りや自信をうしなうことが、人間にとって
いかに悲しいことで、自分たちはそれをどうにか
止めるだけでもできないかと、もがいている。
そんなお話になると思います。
メールアドレスを併記しましたので、
一度、メールいただければと思います。
よろしくお願い申し上げます。
藤村
奇遇です。僕の仕事における
テーマも【誇りと自信を取り戻す】です。
メールさせていただきます。
おっ、社会派のお二人さん
盛り上がってますね。
たまには
お姉さんに囲まれ、甘えん坊のごっちが
見たいねぇ。…じゃ、今度ね。
>たまにはお姉さん・・・
なにか、かつて実際にそんなことがあったかのような
言い方しないで下さい。勘違いされるじゃないですか。
まあ人間ですので、時には記憶にないレベルにおいて
そんな風になる時もあるかもしれませんが。
自虐的な歴史観…。
確かに「誇りある日本人』でありたい!
ですよね。確かにいいことばかりではなかったにせよ、
すべて悪だった、というのは偏った考え方ですよね。
いろんな意味で
いい部分もあったし、わるい部分もあった。
というのが真実でしょう。