ベビーテックと仏教
9.7, 2018
(今回の写真はスマホのファーウェイP10での写真。現行モデルのP20はもっと綺麗になってるようです)
さて、僕のお股の中で眠るのが好きな、生後2ヶ月を経過した弊息子。
視界の解像度も徐々に上がってきたようで、物体を目で追うようになってきました。
そこへリアルな母親と、ipadの中で動く母親。
たまにビックリした表情をみせる。w
この先彼はどう認識していくのでしょうか。
このフィジカルなリアル世界と、もう一つのデジタルな世界。
今となってはその境界線は溶け、どちらも「リアル」な相関関係にある世界。
故に僕は、スマホやタブレットから遠ざけるようなことはしない。
「今を知る」と「規制ではなく”教える、伝える”」ってのが大事だよね。
そこから自分で”思考”させる。
思考させる為の手っ取り早い手法として「リアルな母親」と「ipad内の動く母親」というような
二項対立状態をつくり「なぜ」が生まれやすいような環境をつくる。
人は産まれたその瞬間からインプットを始める。
幼児期は多言語認知能力がすでに備わっている。
しかし、それは徐々に言語の周波数の浴び方によって忘れていく。
故に、伊藤家ではロシアミュージックとアメリカミュージックを流している。
しかーし、、物事はそんなに順調に進むわけはなく
「ロシア語」を聞かせたその日の夜は寝つきが悪い。w
4オペ子育て
メインである母あゆみ、サポートとサプライズ提供で僕、夜の見守り役でウェアラブルカメラ
そして、ロシア語英語はスマートスピーカーのアレクサに。
スキルの補完はテクノロジーに任せればいい。
今後も僕の役目として、順次サプライズをぶつけていく予定です。
ベビーテック
「育児」×「テクノロジー」でパパママの時間を確保。
なぜ時間が大事かというと、時間を創出できれば、他の何かにコミット出来ます。
今までと同じ使用時間で生産性をあげることが出来るのです。
「楽をする事は悪」というココロのどこかに根付いてしまったそのバイアスは
脱却するのが大変だが、よーく考えてみると
それは単なる他人の目を気にした「承認欲求」でしかない。
「インスタ映え」とは「自分映え」であるという、それと一緒。
でね、哲学好きとしてはこっからが大きく矛盾しちゃうんですがね
赤子というのはね、仏教の最高到達点ともされる「無分別智」(究極の無知)を
ある種悟ってる状態なんですよね。
そんな無垢の境地から徐々に分別の世界へと
一旦スケールダウンしてしまうこの切なさと愛しさと心強さと。
「自分の身近な人の意見を聞く」よりも「自分が理想とする人の意見を聞く」
つい身近な人の意見のほうが優先されがちですが、「自分のあり方」という各々のビジョンの方向性は
「自分が理想とする人の意見」の中にあるように思います。
さーハナキン。
今回の台風で、自宅が24時間ほど停電しました。
電気(エネルギー)がないと、なーんもできないけど
雲の隙間から覗く星空は綺麗だ。w
皆さん、ロマンティックな週末を〜。
Leave a Comment